(公演名) 佐渡裕プロデュースオペラ2024 「蝶々夫人」
(日 時) 2024年7月14日(土)14:00〜
(会 場) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール
(演 目) プッチーニ/蝶々夫人
(出 演) 蝶々さん:迫田美帆(S)
B.F.ビンカートン:マリオ・ロハス(T)
スズキ:林美智子(MS)
シャープレス:エドワード・パークス(Br)
ゴロー:清原邦仁
ヤマドリ:晴雅彦
ボンゾ:斉木健詞
ケイト・ビンカートン:キャロリン・スプルール
役人:的場正剛
演出:栗山昌良
再演演出:飯塚励生
指揮:佐渡裕
ひょうごプロデュースオペラ合唱団
兵庫芸術文化センター管弦楽団
今までずっと観に行きたいと思っていながら、なかなか行くことができなかったのが、この佐渡裕さんプロデュースのオペラ。毎年、7月に行われているのは知っていたのですが、この時期、諸事情により?どうしても出かけることができずにいたのです。ですが、今年、ようやくその諸事情?もなくなったので、何とか行くことができました。そう、私にとっては、これが初めての佐渡さんオペラの体験となります。
今回の演出は栗山昌良さんがされたものを再現するというもの。2006年に佐渡さんプロデュースオペラが始まった時の演目が「蝶々夫人」で、その時の演出が栗山さんだったとのこと。この度、来年に開館20年を迎えるにあたり、前倒しで今年のオペラはその時の再現をしようという目論見だったようですが、栗山さんは惜しむべくも昨年お亡くなりになられて、それでも、その意思を継いで今回の公演を成し遂げたとか。佐渡さんの今回の公演にかける並々ならぬ思い入れの強さを感じさせるエピソードです。
で、今回の公演は、その演出が本当に素晴らしかったと思うのです。舞台上には蝶々さんのお家のセットがあるのですが、その庭に桜の木が植っていて、満開な桜の花がたわわに咲いていて、これが照明の効果もあって、実に見事に美しいのです。これだけで私たち日本人の心はぐっと引き込まれてしまいます。さらに登場人物の皆さんの着ている着物がちゃんと和服なのですよね。当たり前と言えばそうなのでしょうが、先月ライブビューイングで観たMETの「蝶々夫人」は、衣装デザイナーが中国系だったせいもあり、全然日本らしさのないもので、ちょっと不満だっただけに、今回の衣装は、やっぱり日本人はこうでなくちゃ、と思わせるほどに安心感のあるものでした。それに、皆さんの所作というか動きが、すごく日本人らしいんですよね。正座して礼をするとか、立った姿勢でお辞儀をするとか、そんなのだけでも、日本人はこうだよなぁ、と思わせるもので、ほっとしました。METとかだと、どうしても外国人が日本人の役を演じるから、どこか不自然な感じがしてしまうんですよね…
確かに、もともと プッチーニが日本を舞台にしたストーリーをオペラに編成したものである以上、そこに日本らしさを求めるのはちょっと違うのかもしれない、とも思うのです。 プッチーニの作品ですからね。それこそ先月の METライブビューイングのように、演出のしようによっては中国らしくてもいいわけですし、西洋から見たら東洋であればよい、というものなのかもしれません。でも、だからこそ、日本人が演出をして、その西洋の創作の中に日本らしさを巧みに取り込んでくれたら、…栗山さんはそういう演出を目指していたのではないかと思うのです。舞台を見ているだけでも、存分にその世界観みたいなものが伝わってくるようでした。
話を舞台上に戻すと、桜の木が立つ庭の向こうに蝶々さん達の住まいが建っていて、第1幕は主に庭で話が展開して、第2幕になると舞台がそのままぐるりと回転していて、部屋の中がこちら側から見えるようになっています。そして第2幕の最後でビンカートンの帰宅を夜通し待つシーンでは、蝶々さんたちが障子越しに彼を待つ姿勢のまま、舞台が回転して、彼女のシルエットが障子に映って終わり、さらに第3幕になるとまた舞台がぐるっと回転して部屋の中がこちら側に戻ってくる、という舞台の動き。セット自体も割とシンプルと言えばシンプルな感じで、それを回転舞台の特徴を活かして舞台転換の妙義?みたいなものを存分に見せてくれます。
さて、歌手の皆さんのことに触れると、まずは何と言っても蝶々さんの迫田さん。すごく伸びやかな声で、蝶々さんの心情を切々と歌い上げています。それも、第1幕ではまさに可憐な少女というイメージで、そこから第2幕へと進んでくると大人になったような感じで、女性としての心の内をさらけ出すかのように、ぐっとくる響きで訴えかけてきます。さらに第3幕はもう涙無くしては聴けないくらいに感極まったような、毅然とした決断の力強さのようなものを感じさせるような声へと、声の表情が徐々に変化してきているように感じました。これはさすがだと思います。まさに蝶々さんが少女から大人、母親へと成長していく過程そのもので、それを歌唱だけでなく、演技でもしっかりと見せてくれていました。最初の方は可愛らしい仕草も見せてくれましたし、最後はまさに断固たる決意で自決される、幕切れでは遠くからの声に反応して手を差し伸ばして、息絶える…という演技力は見応えがありました。これからも楽しみな歌手ですね。
ビンカートンは当初の予定を変更してロハスさん。あのドミンゴさんと故郷のメキシコで共演したこともあるそうですが、こちらもまた素直な感じのハリのある声をたっぷりと聴かせてくれます。私の好みのアラーニャさんのような感じもする声質でしょうか。見たら、「ラ・ボエーム」のロドルフォや「つばめ」のルッジェーロとかも演じているようですから、まさにそういうイメージですね。特に、第1幕最後の迫田さんとの二重唱は特に素晴らしかったです。お2人の声が美しく絡み合い、響き合っているようで、うっとりと聴き惚れていました。
また、私の好きな役どころのスズキは林さん。ベテランの歌手のお名前を見るとどこかほっとしますし、実際にその安定した歌唱を聴くと、さらにほっとする感じがしますね。期待どおりに、安定感と存在感のある声で、蝶々さん達を支えていたと思います。
そして、またオケの音が素晴らしいです。さすが佐渡さんの手兵というだけのことはあります。歌手たちの声に寄り添いながら、その感情に合わせて抑揚をつけて、また、話の展開をドラマティックに盛り上げようと、とってもメリハリのある演奏が冴えています。弦の響きが特に美しいと感じて、歌手の歌にすぅっと寄ってきては、その歌唱に響きを合わせるようにして、下支えするようであり、と思えば、そこから一気にぐっと感情の高揚するのに合わせて響きも太くなって、という表情がすごくよいなと思いました。
終わってしまうと全体があっという間で、何も言えないくらいの感動に思わず泣いていました。こんなに素敵なオペラ公演に、ずっと来れなかったなんて、何て損をしていたのだろうと今更に悔やまれます。来年は「さまよえるオランダ人」。ワーグナーが来ましたね。今から予定に入れておきましょう…
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